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湘和会堂茅ヶ崎で家族葬をあげた人の体験談

湘和会堂茅ヶ崎で「家族葬」を行った方の貴重な体験談をご紹介します。

茅ヶ崎エリアで家族葬をご検討中の方にとって、実際に葬儀を執り行った方のリアルな声は、何より参考になるはずです。
今回ご紹介するのは、大切なお祖母さまを湘和会堂茅ヶ崎で見送られたご遺族の体験談です。

施設の雰囲気やスタッフの対応、葬儀プランの詳細から、当日の流れ、式を通して感じた想いまで、率直に綴られています。
茅ヶ崎で、湘和会堂を検討している方、家族葬の雰囲気を知りたい方は、ぜひご一読ください。

体験談

私にとって大切だった祖母が、初夏に静かに旅立ちました。子どもの頃から何かと私の世話を焼いてくれて、頑固だけれど優しさを秘めたその姿はずっと変わらないままで。病床に伏していたとはいえ、いざ最期のときを迎えると受け入れるのが想像以上につらく、胸が押しつぶされそうになりました。それでも「最後くらいはきちんと送ってあげたい」と思い、家族みんなで話し合った結果、祖母の葬儀を湘和会堂茅ヶ崎で行うことに決めたのです。今振り返ってみても、この選択は本当に良かったと心から思います。

湘和会堂茅ヶ崎はJR茅ヶ崎駅や北茅ケ崎駅から徒歩圏内でありながら、周囲が静かな落ち着いた環境にあるのが特長でした。最初に下見に行ったとき、6階建ての立派な建物を見上げ「こんなに大きな会館があるんだ」と正直少し驚きましたが、館内に入ってみるとスタッフの方々は温かい笑顔で出迎えてくれて、吹き抜けのロビーから感じる空気はやわらかく、「あぁ、ここなら祖母としっかり向き合えるかもしれない」と直感しました。建物の奥まった場所には控室や会食室があり、すべて1フロア貸切感覚で使えるとのこと。「ほかの葬儀と鉢合わせにならないか」という不安はすぐに消えました。

祖母は根っからの茅ヶ崎育ちで、若い頃は海辺を散歩するのが好きだったらしく、「葬儀は親しい人だけでこぢんまりやってくれたらいいよ」と生前に話していたのを思い出します。だから当初は家族葬か一日葬を検討していましたが、年齢のわりに交友関係が広かった祖母のこと、通夜も行わずにあっさり済ませては後悔するのではないかと心配で。結果的に二日間をかけて通夜と告別式を執り行う「家族葬プラン」で申し込んだところ、スタッフさんが費用内訳や段取りを丁寧に説明してくださり、「ご遺族の気持ちに寄り添いつつ進めていきましょうね」と言ってくださいました。実際のプラン料金は60万円台が目安でしたが、私たちが選んだ祭壇や生花のグレードを少し上げたこともあり、最終的には総額80万円程度になりました。それでも見積もりは明朗で、どこにどのくらい費用がかかるのか一目瞭然だったため、不安感よりも「このくらいなら安心してお任せできる」という気持ちが強かったです。

祖母が亡くなった翌日、湘和会堂の寝台車が自宅まで祖母を迎えに来てくれました。きれいに整備された車で、スタッフの方は黒のスーツに身を包み、物腰も柔らかい。「亡くなった人に接する仕事って大変ですよね」と声をかけたら、「残されたご家族の心を支えるのも私たちの務めですから」という返事が返ってきて、胸が熱くなりました。後から聞いたところによると、会館には個室の安置室(貴殯室)が複数用意されており、24時間いつでも面会が可能だといいます。実際、祖母を連れて行った日の夜、私は気になって一度見に行きましたが、そこはまるで小さな個室のように仕切られ、畳敷きのベッドに祖母が安らかに横たわっていました。蝋燭の灯りがゆらゆらと揺れているその空間は、あたたかみと静寂の中で不思議な安心感があったことを、今でもよく覚えています。

通夜の日は夕方17時過ぎに親族が集まり、受付の準備や祭壇の最終確認を進めました。式場はフロアごとに貸切ということで、廊下の奥の広いスペースがまるまる私たち家族だけの空間。何人かの親戚は「駅から歩いても10分かからなかった」「駐車場が思ったより広くて停めやすかった」と言いながらロビーに集まってきました。祖母にとっては可愛い妹のような存在だった近所の方も、杖をついているにもかかわらず「ここまで歩いて来れたよ」と顔を見せてくださった。バリアフリー設計になっている玄関とエレベーターは、足の悪い人にも助かります。

18時に通夜が始まると、祭壇に飾られた白菊やユリの香り、淡く照らされた照明のもとで僧侶がゆったりと読経を唱えはじめました。私は父と一緒に最前列で焼香を待ちましたが、線香の香りと僧侶の声が重なって涙が止まらなくなりました。祖母は私が小学生のとき、夏休みに海へ連れて行ってくれたり、遠足の前日にはいつも早起きしてお弁当を作ってくれたりしたっけ。そういった小さな思い出が次々と蘇り、久しぶりに祖母を抱きしめたくなるような感情が込み上げてきたのです。横に座っていた母も、ハンカチをぎゅっと握りしめながら黙って涙を流していました。「お焼香の順番になったらこちらへどうぞ」と声をかけてくれるスタッフの方の心配りが、とてもありがたかった。

通夜式が終わると、参列者は会食室に移動して通夜振る舞いの時間となりました。湘和会堂茅ヶ崎には大小の会食室があり、折敷膳やビール、日本酒などがテーブルに並んだ光景は、さながら小さな宴席のよう。普段はそれぞれ忙しくなかなか顔を合わせられない親戚同士、「おばあちゃんもこうやってみんなで集まるのが好きだったよね」「昔よく、庭でバーベキューしたのを思い出すわ」といった思い出話が次々飛び出し、涙と笑いが入り混じった不思議な空気が流れました。料理は地元食材を使った和食中心のメニューで、参加者から「美味しいね」と評判が良く、祖母がもし味見できたなら喜んでくれただろうと思います。私は喪主として何度か挨拶をしたのですが、まだ気持ちの整理がつかずに口ごもる場面もありました。そんなときもスタッフの方が隣で小声で「大丈夫ですよ、少し休まれますか?」と声をかけてくれて、張り詰めていた心が少しゆるんだ気がします。

夜が更け、遠方から来た伯父夫婦やいとこたちは館内の控室で一泊することになりました。広めの部屋に布団やベッドが用意されていて、「ホテルみたいで過ごしやすい」との声が上がりました。もちろん個室風呂もあり、通夜明けの疲れをゆっくりと癒せるのは助かります。結局、私は自宅へ戻りましたが、深夜に控室へ電話を入れたら「今、交代で祖母のそばに行ってきたところだよ。安らかな表情だったね」といとこが教えてくれて、少し胸が温かくなりました。

翌朝、9時には告別式に参列いただく方々が再び集まり始めました。前日に来られなかったご近所さんや祖母の昔の職場仲間が、わざわざ足を運んでくださったのです。お花やお線香を用意してくださった方々の前で、私は不慣れながらも喪主挨拶をしました。「祖母は生前、皆さんとの思い出が本当に宝物だと語っておりました……」と何とか言葉を絞り出しましたが、やはり声が震えてしまいました。式が始まってからは読経と焼香が粛々と進み、弔電の代読もありました。そこで読み上げられた「あなたの温かい笑顔に何度も救われました。ありがとう」という言葉に、祖母の人柄が滲んでいるようで、また涙が止まりません。父はずっと俯き、母はハンカチを握りしめたまま。皆で祖母の棺に花を手向け、蓋を閉じたとき、頭の中で「もうこれで最後なんだ」と痛感しました。

出棺のときは、男性親族が協力して祖母の棺をそっと霊柩車へ運び出しました。会館入口まで並んで見送ってくださる方のほとんどが涙ぐんでいて、あらためて祖母が愛された人生だったんだと感じます。そのまま茅ヶ崎市斎場へ向かい、火葬炉前で最後のお別れをしました。火葬中、控室で待つあいだも湘和会堂のスタッフが付き添ってくれ、「火葬が終わるまでお茶をお出ししますね」と言って落ち着けるスペースを用意してくれました。控室では親戚同士が祖母の思い出を語り合い、「もっと元気でいてくれると思ってた」「もう少し長生きして欲しかった」と涙する場面もありましたが、みんなで同じ場所に集まっている安心感がありました。

収骨を終え、骨壺を抱いたときのあの小ささと重みは、言葉にならないほど切なかったです。それでも火葬場から再度湘和会堂に戻り、控室で初七日法要を終えたころには「やるべきことはすべて祖母のためにやれた」という少しの安堵感も生まれていました。精進落としは会食室で和やかに進み、祖母を偲びながら飲むお茶やお酒は、どこか優しい味がしたように思います。ここでもスタッフの方の配慮があり、飲み物の追加や配膳のタイミングなど、「ご無理なさらずにお過ごしください」と常に声をかけてくれて本当に助かりました。

葬儀が終わった後、自宅に戻ったら後飾り祭壇や位牌のセットを運んできてくれて、設置方法やお線香のあげ方まで丁寧に説明してもらえたのもありがたかったです。さらに四十九日法要や香典返しの流れ、役所への提出書類の確認など「ここから先は何をすればいいのだろう」という素朴な疑問にも、担当のディレクターさんがひとつひとつ親切に教えてくださいました。こうした細かい気遣いのおかげか、みんなで少しずつ気持ちを整理しながら、無事に法要を迎える準備を進められることができました。

湘和会堂のクチコミ

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